茉莉花っぽく

大切な人を想う気持ちが本物になるように。

休学した景色と本音

正直、自分の毎日の延長上線に、

休学という選択肢が表れると全く思ってなかった。

でも、気づいたら3年の後期、休学を選んでいた。

  

 

やりたいことがあるから

もう少し学生でいたいから

就活しないで起業するから 

学びたいことがあるから

海外に行きたいから    

 

他にも人それぞれ、 プラスな理由も、

マイナスな理由も、あると思うけど、

 

 

私は、どれにも当てはまらなかったと思う。

 

 

 

卒業後、特別、これになりたいとか、

やりたいと思うことはなかったけど、

 

周りの人や、地域や、日本や、世界の人に、

 

影響与え、色んな形で沢山の笑顔をつくり、

そんなあたたかい空間が、それぞれの形で

広がっていく、何かをつくりたいと思ってた。

 

そういう、自分の好きや自分の笑顔で溢れてる大人が、

次世代に夢や希望や沢山のそれを繋いでいけると思う。

 

それを、

少しずつそれなりに、実現してきた学生生活の、 

 

自分の好きなことを自分で好きなだけできた環境の、

このままを、このまま、

ずっと、続けていけたら、幸せだと本当に思った。  

 

でも、

その貴重な経験は、自分が学生だから、

やらせていただいていたことを感じてた。

 

 

 

 

本当の意味の “自分で” “自分の” 

 

 

 

 

 

それらを、思いっきり、実現してる、

憧れる大人や景色に出会っていたから、

 

他にも自分の人生と向き合った上で、

自分の意志で、退学すると決めていた。

 

 

 

休学した理由は、自分が弱かったからだ。

 

 

 

 

仕事をし、社会に貢献された有難うが、

 

お金として返ってくるようになってる。 

 

 

働き方は、本当に様々だけれど、

 

本当の意味の“自分で” “自分の”好きを実現した人は、

 

ワガママで自分勝手では、決してなくて、

自分以外のそれ以上の多くを考え、働き、 

 

それらを成り立たせ、

 

自分以外の人生や社会に、貢献してきていることを、

 

私は、自分自身の問題でできないことが増えてきて、

自分の将来や目の前で精一杯になったけど、

そんな他人を自分が思ってる以上に考えてくれていて、

 

他にも沢山の場面で、感じた。

  

 

休学して、

 

 

この世界は、

自分がそれをしなくても、何にもなかったように、

誰かが役割を果たし、まわり続けると、感じた。

 

この世界の中途半端な所にいて甘えてると感じた。

 

 

でも、

 

 

この世界で、 ただ自分という何者かでありたい。

 

本当はどうなりたいのか

 

本当にこのままでいいのか

 

本当に自分らしく、そういう自分だから、

自分ではなくてはいけないということを。

 

 

 

最初、休学は、遠まわりしたように感じたけれど、

目の前に出てきたことは味方してくれると分かった。

 

自分で自分の人生を良くしていくための

 

一歩と少しの勇気を試してくれた大事な時間だった。

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